2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

頭の引き出しで人生が変わる

今日9月30日は「人財育成セミナー飛泉塾」の申込み締切日です。このセミナーは「飛泉」のホームページで詳細に掲載しておりますが「講師による一方通行の研修ではなく、研修の90%は参加者全員がワイワイ言いながら、共に考え、気付き合う研修」です。 …

チヨン子

今は猫ブームでしょうか?テレビのコマーシャルにまで、猫が出てくるくらいですから凄いことです。私の家では、犬を飼ったことはありませんが、猫は飼ったことがあります。その猫を飼ったのは、私が小学4生の頃です。実は隣の家の猫が、私の家に居候してし…

人生の並木道 中年期 前期 前半 ( まとめ )

31才から35歳までの「中年期 前期 前半」を振り返りますと、飛騨信用組合の退職など経営コンサルとして、越えなければならない大きな峠の時でした。飛騨信用組合で勤務したことは、経営コンサルの道を歩むための、大きな道標となりました。こんな経験は…

人生の並木道 中年期 前期 前半 ⑹

工場内の調査を始めると刃物の管理が悪いため、切れが悪く製品不良の大きな要因になっていました。組立と塗装部門を見ると、これ又大きな問題点がありました。それは接着不良と塗装不良でした。この2つを解消するには、コンベアを設置しなければなりません…

人生の並木道 中年期 前期 前半 ⑸

専務と名刺交換をしますと、第一声が「失礼ですが、この様な大金を下裏さんが調達されたのですか?」と尋ねられました。「はい!私が調達しました」と応えますと、専務の顔は何処となく赤らんで来ました。「失礼ですが、下裏さんはお幾つですか?」「35歳…

人生の並木道 中年期 前期 前半 ⑷

そこで営業部長に「8月25日に振込をさせていただきます」と言いましたが、無言で席を立たれました。課長から「本当にそんな大金を用意出来るのですか?25日の振込は間違いないでか?」と何回か問われました。私は「この資金は以前勤務していた飛騨信用…

人生の並木道 中年期 前期 前半 ⑶

その日から再建計画書の作成にかかり、半月後再建計画書を持って、飛騨信用組合の専務理事を訪ねました。この時お願いした融資金額は一億円でした。「又大きい金額だなあ!検討するから待っていてくれ」と言われました。 それから3日後、専務理事から「直ぐ…

人生の並木道 中年期 前期 前半 ⑵

飛騨信用組合を退職し、経営コンサルになるための次のステップは、経営の基本である経理をしっかり学ぶことでした。そのため高山市内の会計事務所に勤めました。この会計事務所の勤務で、大きな回り道をしましたが、経営コンサルとして、最も大切な経営者の…

人生の並木道 中年期編 前期 前半 ⑴

今日から中年期編の前期 前半 ( 31歳〜35歳 ) を7回に亘り連載させていただきます。 この中年期は激動の時でした。1つは「飛騨信用組合の退職」2つ目は「会計事務所就職・木工会社出向」3つ目は「総務部長・常務取締役・専務取締役就任」など短期間に沢…

先人に学ぶー高齢化社会は負の社会?

私の師とする先人は、沢山見えますが、その中で特に師とするのが、江戸時代に実測で「大日本沿海興地全図」を作成された伊能忠敬です。伊能忠敬は49歳で隠居し、50歳を過ぎてから、江戸へ出て天文学を学び、江戸幕府の命令で、日本で初めての、実測の日本地…

頭の引き出し?

「頭の引き出し」と聞いて驚かれるのではないでしょうか?この頭の引き出しとは「経験知を入れる頭の引き出しのこと」です。 私はこの頭の引き出しが、きちんと整理されていれば、人生は大きく変わると考えています。 何故かと言いますと「仕事が出来る人、…

何が趣味?

「何が趣味ですか?」と聞かれると困ってしまいます。何故なら特別な趣味は無く、20代に謡と詩吟を習い、夏山登山をしましたが、全て仕事に呑み込まれてしまいました。強いて言えば仕事が趣味だからです。朝から晩まで三百六十五日仕事のことを考えています…

樽が閃く?

私は「閃きは人生を変える」と考えています。その閃きを導いてくれるのが「悩み苦しむこと」と考えます。この悩み苦しむことで「アツ!」と驚くような閃きがあるのです。 「樽式活性化法」が閃いたのは、悩み苦しんだからこそ、生まれたものです。その苦しみ…

樽クイズ

日本経済新聞の当社の広告「樽クイズ」をご覧いただき誠に有難うございます。 この樽クイズは如何でございましたか? この樽は組織を形として見ることが出来る当社独自の「樽式活性化法」です。 樽クイズの解答です。図に解答を記載しておりますが、これから…

長いトンネル

愛知県と富山県を結ぶ「東海北陸道」は「トンネル街道」とも言われます。特に清見ICから砺波ICまでは、長いトンネルの連続です。特に「飛騨トンネル」は長さが10712kmあり、日本で3番目に長いトンネルです。冬は大雪に見舞われますが、このトンネルのお陰で…

温泉♨️でゆったり

先日家内と高山市荘川町にある「ホテル龍リゾート&スパ」に行って来ました。このホテルは荘川ICから車で10分程の所にあります。唐松など沢山の森林があり、森林浴には最高です。海抜が高いことから、少し肌寒いほどでした。この温泉♨️は純粋の掛け流しで、…

人生の並木道 青年期 ( まとめ )

青年期を振り返りますと、青年期は中年期の激動の時代を乗り越えるための前哨戦でした。その意味で、この青年期の経験は大きな意味を持っています 青年期は良き上司に恵まれ、思う存分仕事をすることが出来ました。そして「何時までに、何を、どのように計画…

人生の並木道 青年期編 最終回

経営悪化の噂から、材料の仕入れにも、支障をきたしてきました。そのため専務・常務を同伴し、岐阜市・富山市・名古屋市など各地の仕入れ先を回りましたが、どこも厳しい話が出ました。再建計画を説明し「全面的に飛騨信用組合がバックアップします」とお願…

人生の並木道 青年期編 ⑸

再建に取り掛かって、まず行ったことは、融資を受けていた先へ全額返済し、取引を集約し、一本化を図ったことです。これには大きな反響がありました。「年末まで持たない会社に、何故ひだしんは融資をするのか?何故下裏と言う若造の作った再建計画を信用す…

人生の並木道 青年期編 ⑷

本店から七日町支店を経て、神岡支店の勤務となりました。この神岡支店の勤務で、本格的な再建を経験しました。 10月に神岡支店に転勤し、管工事の会社を経営している、友人の所に挨拶に行きますと、顔色が冴えません。話を聞くと「12月の資金繰りが厳しく、…

人生の並木道 青年期編 ⑶

不思議にもこの父から託された夢は、歳を重ねれば重ねるほど、重くのしかかって来ました。父は自宅で開業しましたが、私が高校に入学すると、神岡町の市内で開業しました。毎日父の手を取り、バスで高校に通いました。 高校を卒業し、飛騨信用組合神岡支店に…

人生の並木道 青年期編 ⑵

父の失明で生活環境は大きく変わりました。その当時、父は地元の食品製造会社の専務をし、何不自由ない生活を送っていました。それが一夜にして、どん底の生活に追い込まれたのです。 約2年間高山日赤病院で治療を受けましたが、治ることはなく、完全に失明…

人生の並木道 青年期編 ⑴

今日から私の自叙伝「人生の並木道」の「30歳までの青年期編」を5回に亘り連載させていただきます。 私は1944 (昭和19年) 12月7日岐阜県飛騨市河合町天生金山で生まれました。父は学者タイプで書も嗜み、剣道の有段者で指導もしていました。母は肝っ玉母さ…

自然の恵み

知人から「面白い写真が撮れたよ!」言われ、見せていただきました。一瞬、何処の山か?と錯覚しましたが、よく見ると雲が作り出した山の写真でした。 お盆が過ぎてからは、高山市内から乗鞍岳や飛騨山脈を見ることは余り出来なくなりました。その要因は「雲…

カタツムリ

昨日の朝、新聞を取りに行きますと、写真のようなカタツムリが大きなツノを出し、私に「おはよう!」と声をかけてきました。私も嬉しくなって「おはよう!」と応えました。 そして何処からともなく「でんでん虫虫カタツムリと‥」とカタツムリの歌が聴こえて…

お陰さま

昨日、友人の高山別院の三島輪番にお会いし、本堂でお参りしました。その本堂に三島輪番が書かれた、写真のような言葉が、目に止まり嬉しくなりました。 [今の私が大事に生きて行けるのは「お陰さま」のおかげ、「おかげさま」という心に、心底からの 、潤い…

道場開き

さあ!10月5日から長い間の夢でした東京に飛泉塾という道場を開きます。30年前、東京のコンサル会社に就職しましたが、こてんぱんに打ち負かされ、余りの技量の格差に腰を抜かしました。この経験を活かし、30年間沢山の試合をし、技量を磨き「飛泉流」( 樽式…

4つのキーワード

私の経験から夢を叶えるには「ヤル気・度胸・自信・計画」の4つが大きなキーワードになると考えます。 私は子供の頃は、気が小さく中学も高校の時も、全く目立ちませんでした。今、このような人前で話す仕事をしていますと、同級生は驚きます。 このように人…

人生最後の夢挑戦 ⑸ テロや戦争の無い世界を

5.千里の道も一歩から この企業活性化のように、日本が21世紀の世界のモデルになるには、活性化研修と同様に「全国民による問題点の抽出、その分類、仕組みの検証、仕組みの見直しなど、このプロセス管理を行う仕組みをつくること」で実現できると確信してお…

人生最後の夢挑戦 ⑷ テロや戦争の無い世界を

4. 仕組みと意識改革 8月20日の続きです。この活性化に取り組んだ、120社余りの企業で、活性化に成功にしました。その中の約10%は経営が大変厳しいバンクミーティングに値する企業でした。そんな企業が、何故活性化に成功したのでしようか?それは内部ま…