昨日ウォーキングをしていますと、少し形が歪の「紫陽花」が一輪咲いていました。自宅の向かいの紫陽花は枯れてしまっているのに、今頃になって高山市内で紫陽花が咲くとは驚きです。
これも雨が多かった影響でしょうか?この紫陽花を観ていますと「寒いよう!」と叫んでいるようでした。

高山市内の朝晩は肌寒いという感じでしたが、昨日から日中も急激に寒くなり、寒さが肌身に染みるようになりました.夏用パジャマから秋用パジャマに替え、布団も秋布団で寝ていましたが寒くなり、冬布団に替えました。
驚くことに、布団を見ると秋布団の出番は半月も無く冬布団に替わり、冬用のパジャマの出番も近づいています。このように秋物を着る期間が本当に短くなってしまったのです。
この急激な寒暖差が作物に大きな影響を与えると同時に、私達の体も大きな影響を受けていることは間違いありません。
温暖化で季節は夏と冬の二極化が進むと言われますが、それが現実になりつつあるように感じる今日この頃です。
さて今年の紅葉🍁はどのように輝くのでしょうか?赤や黄などで彩る、大自然のキャンバスを今年も観に行きたいと思います。

昨年の紅葉🍁です。
高山市の久美愛厚生病院の「健康川柳」にペンネーム天生靖で応募し、その結果が発表され、驚くことに下記の川柳で院長賞をいただきました。
昨日は高山市が行う「爽やか健診」の結果も送られて来ましたが、異常無く元気に過ごせることに感謝しております。
歳を重ねると臓器の萎縮が進み、健康障害を引き起こす大きな要因になりますが、脳だけは92歳頃まで成長すると脳外科の先生から聞きました。
臓器の萎縮を止めることは出来ませんが、日々の食事や運動などで、それを遅らせることは出来ると言われます。
ブログや小説を書くなどしで頭を使い、ラジオ体操などで体を動かし、健康寿命を少しでも延ばせればと願っております。
500円 健康守る 通行料

昨日は9月14日にオープンした「ヒルトン高山リゾートホテル」に宿泊して来ました。良い天気に恵まれ、露天風呂から綺麗な乗鞍岳や飛騨山脈を望むことも出来ました。
高山駅や古い街並みは世界各地の言語が飛び交い、何処の国に来たのか?戸惑うほどの賑わいです。
今年高山市が世界で最も居心地の良い都市の10選に選ばれました。その基準をネットで調べますと「世界で最も居心地の良い都市10選とは、オンライン旅行予約サイト「Booking.com」の「Traveller Review Awards 2026」で発表された、世界各地で心温まるおもてなしと卓越したホスピタリティを提供する都市のランキングです。」とあります。
こんな名誉な都市になったのは、先人のおもてなしの心と、飛騨の匠が築き上げた匠の技が世界に認められたのです。
そして世界の3大ホテルチェーンの一つ「ヒルトン高山リゾート」がオープンしたことで、又新しい顧客の開発に繋がるものと考えます。
こんな素晴らしいホテルに、オープン早々泊まらせていただけることに感謝しております。



寝台特急での1番の楽しみは「朝焼け」を観ることでした。11月から乗り始めましたので、6時頃に起きて、通路の椅子に座り、外を観ると大きな朝陽が昇り、朝焼けが始まりました。この朝陽は「頑張れよ!」と力付けてくれました。
紅葉🍁に映える朝焼け、真っ白の雪に映える朝焼け、新緑に映える朝焼けなど、四季折々に輝く朝焼けは、暗中模索の中で取り組んだ活性化の大きな力となりました。
中学2年の時に夢見た「経営コンサル」の夢が、30数年を経て、果たして成功するのか?そんな不安を抱えての寝台列車の旅となりました。
この寝台特急日本海のお陰でしょうか?初めての仕事は大成功し、企業活性化研修の柱となる「樽式活性化法」も閃き、北海道から九州まで講演して回る機会もいただきました。
改めて懐かしい寝台特急日本海を思い浮かべながら、又新しい夢に挑戦しております。 
この朝陽に輝く「乗鞍岳」は足を骨折し入院していた時、久美愛厚生病院のベランダから撮りました。
閃く場所として「馬の背・枕・厠」と言われますが、この特急寝台日本海は閃きの「馬の背と枕」を兼ね備えていました。
馬とラクダに乗ったことはありますが、よく揺れました。これと同じように日本海は車両が古いため本当によく揺れ、トイレに行くのも大変でした。
この日本海の寝台で、浴衣を着て、小さな枕をして寝ていますと、馬の背に乗っているように揺れ、その揺れで不思議なことに活性化のヒントを得ることが出来ました。
秋田県男鹿市のお客様は電子部品を製造する会社で、社員数は180人で、独立して初めてのお客様でした。東北地方独特の方言が理解できず、四苦八苦しました.
この頃は樽式活性化法も出来ておらず、暗中無策の中で活性化に取り組みました。そんな時、揺れる日本海と枕は多くの閃きを与えてくれました。
その閃きの一つは研修で社員に渡すファイルのタイトルです。それは「夢を叶える宝物」で裏表紙には「人生稲の如し 実りの秋を信じて歩む」と書きました。
それから以降、全ての研修で使い、何千冊のファイルに書いたでしょうか。このファイルも寝台特急日本海のお陰と感謝しております。


時代も変わり、新幹線にも東京ー大阪間を、深夜に走る夜行新幹線が運行され、長距離寝台車も復活しております.
今から30数年前、秋田県鹿角市で仕事をしていた時は「寝台特急日本海」で行きました。この日本海は大阪駅を20 時に出発し、青森駅に10時に着く列車でした。
この日本海には富山駅を22 時に乗り、大館駅に8時に着きました。この列車の寝台はあい向かいに3段ベットがあり、冬は1両に2.3人しか乗って居ず、ガラガラのこともありました。
この寝台車は古く、横揺れが激しく、トイレに行くのが大変でした。時には2段目のベットで寝ると、上から下から大きなイビキ💤が響きわたり、ひどい時は向かいのベットからもいびき💤が聞こえて来て、いびき💤の大合唱で眠れないこともありました。
2年間毎月この寝台特急日本海で往復しましたので数十回乗りました。懐かしい思い出です。

富士山を新幹線の中から撮りました。