天職 ⑴ 研磨剤

一生の内で「天職」を得る事は、大きな夢の一つですが、それを得ることは、中々難しい事です。この「天職」は求めて得られるものではなく、しかし求めなければ得ることが出来ない、中々厄介なものです。

では「これが天職」と気づく時はどんな時でしようか?それは「これが天職!」と確信し、天から授かったように、求めていた天職と一致した時です。

私は企業活性化コンサルが「天職」と気づいたのは、50歳の時、言葉も文化も違う中国で、活性化に一人で取り組んだ時です。最初はこの活性化は不可能ではないか?と疑心暗鬼でした。しかし活性化は成功しました。この時「これが天職!」と気づき万歳をしました。

それは、この活性化コンサルという仕事は、自分を磨く研磨剤になると確信したからです。正に「求めていた自分を磨く研磨剤が出来た」のです。

人生には山あり谷あり、四苦八苦しながら生きています。この人に揉まれ、磨かれる研磨剤は、残念ながら、自分の一生を磨く研磨剤になりません。何故なら、この研磨剤は自分が作り上げた「研磨剤」ではなく、他者からいただいているものだからです。

一つの例として、定年退職をするとヤル気が失せたり、急に老けたりするのは「他者から貰っていた研磨剤が退職で無くなってしまったから」です。

「天職」を得るとは「自らを磨く研磨剤を探し求める旅」でもあるとやっと気づきました。

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