与えられた命を、どこまで「意味ある人生」として生きることが出来るか?これは老若男女全てに与えられた課題です。
お彼岸の法要に、高山別院照蓮寺様にお参りし、三島輪番の法話から「意味ある人生」の、生き方のヒントをいただきました。
そして本堂の掲示板には、次の様なことが書いてありました。
「感覚」「直感」はことばにまで
ならなければならない
この言葉と三島輪番の法話が繋がりました。
「意味ある人生」を歩むためには「響きを味わうこと」と捉えました。この「響きを味わう」ためには、言葉として発しなければ、決して伝わりません。
この言葉とは文字にすることも同じです。私は自分で書いた文章を、必ず声を出して読み上げる様にしております。気付きませんでしたが、言葉として発することで、響きとして味わい「意味ある人生」の、一つのきっかけを作っていたことに気づきました。
これからも、言葉の響きを楽しみながら「意味ある人生」を歩んで行きたいと思います。
まめなかなぁ 故郷響き 味わいに
歳を重ねて 人生楽しみ
「まめなかなぁ」とは、飛騨弁で「お元気ですか」という意味です。