冬の風物詩 2.餅つき

今は鏡餅をスーパーなど買って来て供えますが、子供の頃は年の瀬を迎えると、外には沢山の雪が積もり、寒い小さな玄関の土間でつきました。

父が5年生の時、失明したことから、杵を持って餅をつくのは私の役割でした。この杵がなかなか重く、母から「杵がぶれると危ないぞ!」と注意されながらつきました。

その餅を母と姉が鏡餅にしたり、角餅にしたりしました。一番の楽しみは、つきたての餅を食べることでした。それは美味かったです。この頃は餅米は貴重品で、餅はうるち米が3割程入った少しつぶつぶした硬めの餅でした。それでも一年に一度の餅が食べれます。真っ白に膨れ上がった餅を見ると、嬉しくなりました。

29日は「苦餅」になると縁起を担ぎ、餅つきは28日と決まっていました。今日はその28日です。母は朝早く起き、餅つきの準備をし、家中に餅米を蒸すいい香りが漂っていました。

今朝は事務所に居ますが、なんだか餅米を蒸すいい香りが漂っているようです。そして、両親と姉・妹の笑顔が走馬灯のように流れて行きます。懐かしい思い出です

   湯気上がる 餅を一口   なんとまあ

    家族の笑顔  瞼に浮かびて

                岳 靖

「靖彦」が両親からいただいた名前ですが、今は「祐司」に変更しました。その「靖」をいただき、雅号を「岳靖(やまやすし)」としました。俳句や短歌・小説・書を書く時に使っています。

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ネットから借用しました。