墨壺 ( 14 ) 棟梁の心得

「お母さん。さあ!これから墨壺夫婦が大活躍する時が来たよ」「お父さん!今回はどんな建物を建てるの?」「今回建てるのは古川の御大尽様の離れさ。この冬に材木を切り出しただろ。この家の材木だつたんだ。離れと言っても大きいよ」「お父さん!これから暫くは、走り回らなければならなくなるのね」「そうだね。お母さん!墨縄が絡まない様に注意してね」「解りました!お父さん。棟梁が清助さんに何か話をしているわ」

[清助!来年、秋の取り入れが終われば、飛鳥の都へ行くこととなる。その前に御大尽様の離れを完成させなければならない。なかなか忙しいぞ。お前にとっては初めての大きな仕事だ。心して掛かれよ。これから棟梁の心得を話すから良く聴け。

まず「木を買わずに山を買え」と心得ることだ。その理由は、一つの山の木から建物を建てると、歪みが発生せず地震に強い建物になる。それは一つの山の木は家族と同じだ。お前も家族としてご飯をいただき育った。このことでお互いの気心が良く分かっただろう。山も同じだ。同じ土の上に育ち、風雨や深い雪に耐え、互いに助け合って育って来たんだ。木にも人と同じように命が宿っている。強い風が吹くと木が鳴るだろ。これは「おい!皆んな。風が強いが大丈夫か?もう少しの辛抱だ。頑張れよ」と声を掛けているのだ。この様に木も皆んなで助け合っているのだ。山は一つの家族であるということを心して仕事をしろ。そして人にも個性がある様に木にも個性がある。それぞれの木が持つ個性をどう活かすか?が匠の技だ。

次は「逆木」だ。木を上下逆に使うことを「逆木」と言う。逆木を使った建物は、夜中に「ギシ−ギシ−」と唸るぞ。それは上から抑えられることで「痛い痛い」と泣いているのだ。このことを「木が泣く」と言うのだ。この様に逆木を使うと、建物は地震など自然災害に弱い建物になる。そして一番恐ろしいことは、逆木を使った棟梁は、大きな仕事の依頼が来なくなる。どんな素晴らしい技術を持って居ても、逆木で全てを失うのだ。よく心しておけ。

次に木にも南北がある。南側は陽当たりが良いから年輪が大きい。北側は陽当たりが悪いから年輪が狭い。硬いと言うことだ。この年輪は育った年の気象状態まで解る。暖かい年は年齢の幅が広く、冷夏の年は年齢の幅が狭い。檜や杉などの針葉樹は育ちが早く真っ直ぐに育つ。それは葉が落ちないからだ。そして水分が多いからだ。反対に楢や橅の落葉樹は育ちが遅く、枝分かれしていて、ねじれている木が多い。山は落葉樹がしっかりと根を張って守っている。そして落葉樹は秋には葉を落とし、それが腐って樹々の栄養分となる。針葉樹は柔らかく加工がしやすいが、落葉樹は硬くて加工が大変んだ。この様に山は針葉樹と落葉樹がお互いに助け合って生きている。加工する時は、建物の南北に合わせて木を使うことだ。梁に使う木は余り加工せず、そのまま使うから、この材を探すのが大変だ。この梁は重い雪を支えなければならない。大変重要な木だ。山に入り、この木を見つけられる様になれば一人前だ。難しいぞ。

よいか!木を加工する時は、木に語りかけ、感謝の心を持って、大切に大切に扱うのだ。決して怪我などをして、血を付ける様なことはしてはならんぞ。木にも命が宿っているということを心して仕事をしろ。

木は補修さえ、しっかり行えば何百年も持つ建物となる。「棟札」に長い間棟梁の名前が残るのだ。素晴らしいことだぞ。

まだ色々と教えることはあるが、これからは現場で教える。この「棟梁の心得」をしっかりと心に刻み、後世に名を残す様な立派な棟梁になれよ。]

「お父さん!棟梁が清助さんに凄いことを言っていたわね。私も疲れちゃったわ」

こんな会話をしながらお父さんと抱き合って休みました。

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石川県羽咋市で撮りました。