墨壺 ( 15 ) 木取り

「お父さん!お爺ちゃんが清助さんに何か?話をしているわ」「お母さん!今、お爺ちゃんが清助さんに話をしているのは、御大尽様の離れの建築が始まるから、その「木取り」についての話さ」

[良いか。清助!「木取り」は建物を建てる時の、一番大切な工程だ。「木取り」の良し悪しで建物の強度も仕上がりも決まる。心して聞け。

まず建物には必ず大黒柱がある。この大黒柱は、山で切り出した中で一番良い檜を使う。今回の離れの大黒柱は尺角とする。この大黒柱には棟札が付けられる。この棟札に「建築年月日、棟梁の名前」が記載され、棟上げ式の時に取り付ける。

今回の建物の通し柱は5寸角で、それ以外は4寸角の檜を使う。檜は針葉樹の中で最高の建築材だ。白蟻などに強く、香りが良いし、木目が綺麗だ。檜や杉などの針葉樹の良いところは、真っ直ぐに育っていることから、建築材が取りやすいことだ。杉は年月が経つと木が痩せて来る。この木が痩せるとは、年輪の隙間が乾燥してシワの様になる。これを防ぎために漆を塗ったりする。しかし秋田杉や吉野杉などの杉の名産地では、杉は檜と同等に高級材として取り扱われている。檜は余り痩せるということはないから、飛騨では建築材では最高の材として大切に扱われる。

建物を請け負った時から、山をしっかりと見て周り、どの木を、どこの材として使うか?を見定めなければならない。それが「木取り」の第一歩だ。この山を観て「木取り」が浮かぶ様にならなければ、一人前の棟梁にはなれない。

前に「棟梁の心得」でも教えた様に「逆木」は絶対にしてはならない。「逆木」を一回行えば、大きな仕事は来なくなると心しておけ。

そして南北の向きをしっかりと読んで「木取り」をしろ。特に外回りの材は、この南北によく注意して「木取り」をしろ。外回りは陽が当たり乾燥し、材がどうしても痩せてゆく。心して行え。

「さあ!これが今回の御大尽様の設計図だ。よく観ておけ。]

「お父さん!この頃の設計図は、どの様にして作成したの?」「お母さん!この頃の設計図は、杉板の上に書いたんだよ。令和の時代の様な建築ソフトは無いから、全て棟梁が重量計算をして書いたんだ」「凄いことね。頭が良くなければ出来ないことね」「そうだよ。棟梁になるには、建築技術から重量計算までしなければならないから、凄く大変だろうね」「重量計算をするには、並大抵の計算能力では出来ないわね」「令和の時代の様に、パソコンソフトが計算してくれないからね。中国から伝わった建築技術と縄文時代から伝わる伝承技術、経験値で行うんだよ。日本最古の建築物、奈良の法隆寺は、1300年経ってもびくともせず建っているから、古代の人の技術力には頭が下がるね」「本当ね」

[「清助!土台は栗の木を使う。栗の木は硬く、水や白蟻などの虫に強い。梁は松の材を使う。松は「踊り木」とも言い、扱いは難しいぞ。しかしこの松の「踊り癖」が梁に利用すると、地震や雪の重さに耐える力を発揮する。又松には松脂がある。梁に使うと囲炉裏の火に燻されて、その匂いで虫を防ぐことにもなる。この梁を牛が寝た様に使うから牛とも言う。この様に、それぞれの木は、素晴らしい特性を持っている。この木が持つ特性を上手く活かすのが棟梁の仕事だ」]

「お父さん!飛騨の山奥の人達が、何故こんな素晴らしい建築技術を持っていたの?不思議だわ」「この技術と計算能力は、飛鳥の都で学んだものもあるだろうけれども、この基礎は、飛騨地方に縄文時代から先祖代々引き継がれた飛騨の匠の技があったからだと思うよ」「お父さん!こんな歌が出来たわ」

   踊り松  酒を飲まぬに  赤い顔

    梁牛になり  揺れを耐え抜き

そんなお父さんの話を聞いているうちに眠くなって、お父さんと抱き合って寝てしまいました。

f:id:swnm8:20200520190537j:image

松毬が青空を仰いでいます。