墨壺 ( 13 ) 田植え

「お父さん!田植えのシーズンを迎えましたね。天気予報も無い飛鳥の時代に、どの様にして田植えの時期を知ったの?不思議だわ」「お母さん!自然は素晴らしい気象予報士なんだ」「お父さん!自然が気象予報士?どんなこと?」

「お母さん!飛騨山脈の一つに笠ヶ岳という岳があるの。この岳が気象予報士なの。この岳は不思議なことに、田植えを迎える頃になると、残雪が白馬の形になるの。この笠ヶ岳に白馬が出ると、各村々が田植えを迎える準備をはじめるのさ」

「お父さん!笠ヶ岳て凄い。気象予報士の神様だね」「この頃は全て自然の摂理に従って生きていたんだ。そして自然を大切し、決して自然を荒らす様なことはしなかったのさ」「そういえば谷川に魚が群れを成して泳いでいるわ」「この魚は主に岩魚だよ。美味しいよ。この岩魚は清流に住み、村の人達にとっては大切なタンパク源なんだよ」

「お母さん!この頃の田植えは、苗を作って植えるのではなく、籾を田に直に撒いていたんだ。そのため水の管理が大変だったの。そのため朝一番の仕事は、田んぼの水見みだったの。その仕事は子供の仕事さ」

「お父さん!何故こんな大切な水見みの仕事を子供にさせたの?」「それは子供の頃から水の管理の大切さを覚えさせるためさ。この経験は田植えシーズンの一年に一回しかできないからね」「その意味が良く分かったわ」

「お母さん!飛鳥の時代は、令和の時代の様な農業用の機械はないから、牛や馬を使って耕していたの。この牛や馬は堆肥も作ってくれるの」「どの様に堆肥を作るの?」「昔はね。牛や馬は家族同様に扱われたの。同じ家の中に厩戸という部屋があり、そこで牛や馬を飼っていたのさ」「そう言えば家の中まで馬糞の匂いがするわ」「夏に草を刈り、干し草にして牛や馬に与え、この干し草は寒さを防ぐために厩戸の床にひいたのさ。この床の干し草が牛や馬に踏まれて尿や糞と混ざり、良い堆肥が出来たの。飛鳥の時代は全て、自然が稲などの作物を育てる肥料を作り出していたのさ。この牛や馬は亡くなると決まった墓地があり、そこに葬られたの。飛騨では馬頭観音様という祠があり、牛や馬を供養するお祭りをするんだよ」

「さあ!馬による荒掻きがはじまったよ。この頃の馬は、令和の時代の馬から見ると小型でしよう」「そう言えばポニーの様ね」「こんなに小さいけれど力はあるんだよ」

「この天生の里は山沿いに田が作られているから、一枚の田の面積が小さいんだ。各地に千町田という所があるね。昔は皆んなこんな小さな田だったんだ。昭和の時代に機械化が進み、それに合わせて一枚300坪の広さにしたのさ」

「お父さん!清助さんが馬の鼻緒を取っているわ」「おい!清助。馬を無理に動かすな。馬はこの田のことは良く知っているんだ」清助さんは泥だらけになりながら、真剣に馬の鼻緒を取っています。

「お母さん!田植えをするまでには、田打ち、水を入れて荒掻き、畔塗り、代掻きをして初めて、籾を地撒きをするんだ」「田植えって本当に大変ね」

「お母さん!米は八十八と書くだろう。その意味は米を収穫するまでに、沢山の手間を掛けないと、収穫出来ないということを言っているの」「初めて知ったわ」「お米は貴重だったから、粟や稗を混ぜて炊いているの。そしてお米は玄米で食べていたのさ」「そう言えば、神様にお供えされるご飯も色が黒いわね」

「お父さん!こんな句が出来たわ」

        笠ヶ岳 白馬が駆けて 田植え唄

こんな会話をお父さんとしていると眠くなって、抱き合って寝てしまいました。

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笠ヶ岳の残雪に残る白馬で、右側を向いています。