「人生は出会いで決まる」第11回

『活性化に取り組んで8ヶ月目に入った平成7年8月2日午後3時頃、私は事務所でバッタリ倒れてしまいました。気がついた時は車の中でした。その原因は自分の歳を忘れての連日連夜の仕事でした。過労気味であることは分かっていました。しかし受注が大幅に増加し、そのための生産計画書作成に寝食を忘れ没頭していました。こんなことをしていたのですから倒れて当然です。気がついて見ると私の車の周りは大変な人だかりです。私の意識が戻ったと知ると拍手まで出ました。私は「もう大丈夫です。少しホテルで休みます。」と言いましたが、政井社長・董事長は「南通の病院に行きましょう。」と言い病院に行きましたが、会社の車で救急車ではありませんでした。後から聞いた話しでは、当時この地区ではまだ救急車による搬送制度はなかったようです。

そこは南通市一の総合病院でした。ここで驚いたことは、ベッドは茣蓙(ござ)が敷かれており、日本では考えられないものでした。治療は点滴2本でした。少し心配だったのは、注射針の連続使用でしたが、目の前で医師が新しい注射針と交換しましたので安心しました。治療後、政井社長をはじめ日本の駐在員の方からは「明日、日本に帰り休んで下さい。」と言われました。しかしここで日本に帰っては、今までの苦労が半減するような気がし「2、3日ホテルで休めば大丈夫です。」と言い、丸3日間ホテルで休みました。この3日間考えたことは「この事務所で倒れたことが今後の活性化にどんな影響を及ぼすか?」でした。“案ずるより産むが易し”の諺通り奇跡が起きたのです。』