列車の旅 5.煤まみれ

初めて「列車」に乗ったのは、小学6年生の修学旅行の時でした。朝3時に学校に集まり、そこからバスで高山駅に行き、始発の列車で岐阜・名古屋へ1泊2日の旅行でした。

この頃の列車は蒸気機関車で真っ黒な煤を吐き、トンネルに入る前に窓を慌てて閉めたことが懐かしい思い出です。しかし高山線はトンネルが多く、時には窓を閉めるのが遅れ、真っ黒な煤が車内に入り、皆んながむせいだり、時には顔が煤で真っ黒になる仲間もいました。岐阜駅に着くと先生から「顔を洗いなさい」と指示され、煤で汚れた顔を洗いました。岐阜駅から名古屋駅まで初めて電車に乗りました。高山線のような煤の匂いはなく、綺麗な車内に皆んな大喜びでした。

この修学旅行で名古屋のテレビ塔やデパートに行きましたが、エレベーターやエスカレーターに乗るのも初めてでした。テレビ塔のエレベーターでは、余りの速さに驚きと共にエレベーター酔いをする仲間もいました。

この65年間で想像もつかないほど列車は良くなりました。この3月中頃から新型の特急ひだ号に全ての車両が代わりました。しかし、今岐阜で仕事をしていますが、岐阜と高山の行き来は全て東海北陸道を通って車で行き来しています。高山線は10年以上乗っていません。

コロナ感染前にお客様を送って高山駅に行きましたが、ホームは海外の観光客で溢れ、一瞬何処の国に来たのか?錯覚するほどでした。この高山線は日本人の観光客より、海外の観光客の足として利用されています。

写真のように高山駅に展示されている蒸気機関車を観ると、子供の頃の懐かしい修学旅行の思い出が走馬灯のように流れていきます。

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高山駅に展示されている蒸気機関車です。