冬の風物詩 7.年始回り

昨日は飛騨の一ノ宮「水無神社」へ初詣に行って来ました。子供の頃、父は「年始回り」に神岡市内へ出かけました。父はこの時、味噌・醤油を造る会社の専務をしていました。社長はオーナーで全く会社には顔は出されず、実質的に父が社長を兼務していました。

その父に付いて「年始回り」に行きました。父は着物を着て、その上にトンビというコートを着ていました。このトンビはなかなかカッコよく、私も元旦祭には着て行きました。この「年始回り」に何軒か回ると、最後は大の親友で、同し食品会社の社長の家で、毎年お酒をいただけれました。

私はその間、お菓子をいただいたり、その家の同年輩の男の子と遊んでいました。そして3時頃のバスで家に帰りました。

この頃の神岡町朝鮮戦争の影響で、町は活気に溢れていました。人口は28,000人余りと市となる30,000人の基準に近づき、富山県猪谷から神岡までの「神岡線」の計画も持ち上がっていました。それが今、人口は8,000人を切り過疎が進んでいます。

今も、年始回りはしますが、玄関で挨拶をするだけになりました。懐かしい年始回りを思い出しながら、コロナが早く収まり、安心して研修や講演会が行える日が来ることを願うばかりです。

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乗鞍岳です。

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ネットから借用しました。